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草稿

創作の作業場。ネタや草稿を書き散らすところ。

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一話 涼風

 御簾越しに、中天を過ぎた太陽の光が差し込んでいる。
 日は柔らかく、眠気を誘うようにやさしい色を帯びていた。目を凝らせば、塵が空中を舞う様子まで見てとれる。
 涼風は手にした扇をぱちりぱちりと開いては閉じを繰り返し、そのとろけるような日差しの中をたゆたうように目を閉じた。このような春の日は、微睡みに身を任せて、何も煩うことのない幼き日の夢の中へと逃げ込んでしまいたい。思いつきは幾度目のことか、叶えられる日は、いまだかつて訪れたことがなかった。
 結局、己は不器用極まりないのだと思う。
 たとえ一時の眠りに浸ろうとも、思うような夢の世界へ招かれたことなどついぞなかった。
 愁眉を寄せて、その大きな黒い眼を押し開く。扇をついに閉じたままにして、凭れていた脇息から身を起こした。女官の摺り足が鼓膜に届く。
「失礼いたします」
「……糸遊か」
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あらすじ

涼風の元に東公が訪れ、三の姫との婚約の話を持ちかける。涼風は自分が未だ成人前の若輩であること、兄にすら婚約者がいないことを理由にいつものように断ろうとするが、東公は「婚約だけなら構うまい」との皇の言葉を盾に押し切ってしまう。皇は、弟の婚約が定まれば、十六夜もいい加減焦るだろうと。
厄介なことになったと思案する涼風の元に、今度は篝火が。父の企みを知り、彼もまた苦笑いを。妹・三の姫の人柄についていくばくか話し、義理の兄弟となるのも悪くないなどと笑う篝火。涼風、お前のような兄など願い下げだ。

観月の宴。十六夜は体調優れずと欠席しており、案じる涼風。
三の姫との婚約の話に及ぶが、あまり関心のなさそうな涼風の態度に、周囲は「さすが凍て風の君」と苦笑気味。東公だけは少々面白くなさそうだが、涼風は変わらず慇懃無礼。適当に言い訳して早めに退席する。途中、扇を落とす涼風。まだ若く宮中へは入りたてと見える女官が通りかかり、涼風の落とした扇を拾うが、彼のかんばせに見惚れ頬を染める女官に対して、涼風は気づかぬ振り。通りかかった篝火が「相変わらず、兄弟揃って女嫌い」云々と発言。問えば、「つい先ほど、どこぞの貴族から見舞いの手紙を女官が持って行ったんだが、けんもほろろに追い払われたらしい」と兄の噂。
涼風、疲れたように嘆息。「兄上も相変わらずか。あの方は、私を困らせるのがそれほどにお好きなのだろうか」と空言を。
流れでともに涼風の屋敷へ戻ると、見計らったかのように貴族から婚約祝いが届く。不機嫌になる涼風。「兄上がその立場を盤石なものとしてくだされば、私の苦労もなくなるのに」「何をお考えなのか、わからない方だ」

三の姫の訪問。篝火との噂をひどく気にしている様子。気の強い少女を、篝火の妹だということもあって涼風はそれなりに好もしく思うが、向こうは始終不機嫌そう。面白い姫だ。姫が帰った後、涼風は糸遊に女性向けの品を扱う商人を呼ぶよう命じた。婚約したからには、何か贈り物の一つも贈らねばなるまい。積極的な姿勢にでも見られたら厄介なのではと案じる糸遊に、「篝火の妹御に恥をかかせるわけにはいかない」と。ある意味、東公の意図は確かだ。

涼風が人嫌いを装う理由。兄との後継者争いに巻き込まれぬため。

呼ばれた商人は凌国から仕入れたという装飾品を並べた。彼の国は、暁とよく関係がある。いずれ、三の皇女が王子の元へ嫁ぐ予定なのだ。凌国では先日王が逝去し、現在王子は弟王子と後継者争いの真っただ中にあり、近々武力による衝突もあるのではと噂されているらしい。兄王子が負ければ、三の皇女の嘆きやいかに。
涼風は商人から三の姫のためにかんざしを求め、もう一つ、目に留まった朱色の綾紐も気まぐれで買った。

宮中で篝火と話をしていると、兄が通りかかる。少し、やつれたか。何やら思い悩んだ風の兄を気遣うが、兄は平気だ何でもないと涼風の気遣いを拒絶する様子。立ち去る間際、足をもつれさせた十六夜を篝火が支える。恥じらうような顔をした十六夜に、篝火も戸惑い顔。篝火は十六夜を苦手だと零した。気を張った風情がどうにも付き合いづらい、女性ならそれもいいが、と。

三の姫に贈り物をしたことを知った篝火は、どこか不機嫌。「お前、本当に俺の義弟になるつもりか?」「どうしたんだ、そんなことを訊いて」「……いや」
この日、篝火は女性との約束があるからと早々に帰った。「篝火様こそ、そろそろ奥方をお迎えになっても良い頃ですのに」と何の気なしに糸遊。涼風は、幼馴染である彼が既に成人した男であること思い出し、お互い結婚がどうこうと話の出る年であることに、なぜか戸惑う。
篝火は、涼風にとって数少ない、本当の自分をさらけ出して気楽に付き合える友人だった。互いに、妻をめとれば今までと同じような付き合いは不可能になるだろう。「それは少し…寂しいな」ぽつり。

所領から上がってきた報告の一つがふと気にかかる涼風。東方民族を相手に武器の売買をしていた商人を捕えたというものだ。東方民族は、暁の東側の山岳地帯に暮らす複数部族で、暁と凌国それぞれでたびたび盗賊行為を繰り返している。それゆえ、東方民族を相手の商売は範囲が限られており、武器を売ることは許されていない。
彼らの目的は食糧であり、領土や権力などではない。また、彼らが今回買い求めたという剣や槍を扱うという話は聞いたことがなかった。涼風は糸遊に詳しく調べるよう命じる。

雨の夕刻。庭の隅で十六夜を見かける涼風。ふらふらと足元がおぼつかない様子。驚いて駆け寄ると、兄は逃げるように身をひるがえし、気を失って倒れた。触れると熱がある。ひとまずすぐ近くにある涼風の屋敷へと連れ帰る。女官が火鉢を用意する中、濡れた衣くらいは脱がせようと手をかけ、涼風は衝撃を受けた。とっさに女官を追い払い、何事かを確かめてから、彼は影に潜む蜻蛉を、十六夜の女官である真鶴の元へと向かわせた。
いくばくもなく、真鶴がやってくる。籠に十六夜を乗せて屋敷へ連れ帰るのに、涼風は着いていく。

翌朝、目覚めた十六夜は涼風に秘密を知られたと知って動揺する。兄から、真実を訊きだし絶句する涼風。だが、それですべてが納得できた気がした。勉学は優秀だが、体力に欠け剣術が苦手な十六夜。腹心の女官ら以外は決してそばに近づけぬこと。婚約の話をけり続けていること。最近、思い悩んだようなのは、立太子の儀が現実味を帯びてきたからだろう。
決して他言せぬことを誓い、涼風は兄の元を辞した。

大変な秘密を知ったことで、涼風は十六夜の気鬱まで移ってしまったかのように沈んでいた。兄だとずっと信じていた、いつか皇となった兄を、支えたいと思っていた。だが、皇子を騙ることは大罪だ。十六夜に責はないとはいえ、母の死後も真実を明かさずにいたのは十六夜自身。ことが露見すれば、どのような処罰が与えられることか。
それだけでなく、十六夜が皇になれぬとなれば、次に担ぎ出されるのは涼風だ。皇になるつもりなど一切なく、そのための勉強など何もしてこず、安穏と暮らしてきたわが身。気鬱になっても当然だ。

数日後、涼風の元を十六夜が訪れ、人払いしてから「どうか立太子を受け入れてくれ」と頼む。どうあっても十六夜は皇にはなれない、突然すべてを背負わせることになって申し訳ないが、と。苦い顔で沈黙する涼風。彼は、是と応える。涼風にも、皇子としての責任がある。兄が背負えぬなら、弟が代わって背負うことは皇子として当然のこと。ただし、いたずらに死を考えないことと、秘密は何としても守りきらねばならないことを条件とする。
皇と四家が互いに権力を分割している現在、兄の秘密が露見すれば西公の失脚は必然。均衡を崩したくはない。自死についても、弟ととして案じる以上に、勝手に死なれて秘密が露見する危険は冒せない。
まだ真実をうまく飲み下せていないのか、必要以上に冷たい物言いとなってしまう涼風。

十六夜が去ってから、彼は苛立ちを租借しきれず手元の脇息を 壁に投げつける。「うわ!」篝火の姿。「十六夜の君がいらしていたのか?」ここしばらく、二人の関係はぎこちないものとなっていた。
繕うように、篝火は三の姫に叱られたと口にする。「あの凍て風の君が、お兄様の妹だというだけでわたくしにこのような贈り物をしてくださったのです。あの方にとってわたくしは他の女より特別かもしれませんが、それはひとえにお兄様の存在あってのことですわよ。何が原因かは知りませんが、このままで良いのですか?」
「あの妹なら、案外お前と似合いなのかもな」苦笑して。反対に、涼風は複雑そう。素晴らしい女性だとは思うが、涼風が立太子するならば、正室は東公ではなく他から貰った方が均衡を保つためには良いかもしれないとふと考え、そのような考え方ばかりしている自分に嫌気がさす。
「いろいろと、面倒くさいな」「三の姫のことか?」「……いや」「では、俺か?」「いや」
篝火と話しているのは、とても楽だった。素直に呼吸ができる。「久しぶりに、お前のへたくそな琵琶の音でも聴かせてくれ」

糸遊からの報告。武器を買い付けた東方民族は、どうやら凌国の者と接触している模様。また、彼の国の将軍の一人が、頻繁に東方へと密使を遣わせていると。

秘密を知られた気楽さがあるのか、十六夜は涼風と会う機会を何度か持っていた。ある日、他愛のない会話をしていると、三の皇女がそこを訪れる。いいなづけの凌国王子から、贈り物が届いたのだと見せびらかしにきたようだ。父王が逝去しても、王子自身の三の皇女を迎え入れる意思に変わりはないと示すためだろう。
涼風はふと思いいたって、王子と対立している弟王子の派閥について知りたいと言う。教えられた名の中に、糸遊が知らせた将軍の名も。涼風は十六夜に今までに得た情報と推測を話し、相談した。十六夜は皇に報告すべきだと言う。

東方は凌国弟王子に加担している。何らかの協力関係にあるのではないか。
凌国では、軍事力の大部分を兄王子が掌握している。単純に自国の軍事力だけで対峙するには、弟王子が圧倒的に不利だ。武力以外の方法を取るか、自国以外の武力を当てにするか。弟王子はおろかにも後者を選択したのでは。
兄王子と三の皇女が婚約している現状、弟王子側が暁から武器を手に入れるのは困難かつ危険だ。そこで東方を隠れ蓑に仕立て上げ、東方を介して武器は弟王子の勢力に流れたのでは。東方を味方につけて戦力の差を補い、兄王子に対して戦を仕掛けるつもりではないか。
それを裏付ける証拠も、いくつか糸遊からもたらされている。

いくら皇女が王子と婚約しているからといって、それだけで他国の内戦に介入することはできない。だが、皇はすべてを放置し点を運に任せることも選ばなかった。東方がたびたび暁の街村に盗賊行為を働いていることを利用し、東方に対して戦を仕掛けることを決めたのだ。
東公を中心に、軍がまとめられる。篝火も一軍を任されることになった。

涼風は西公に接触した。直接、ではない。怪しまれぬように間に人を介して、「十六夜は武に対して及び腰なのが弱点。よい機会だから、一軍の将として戦に出して、箔をつけてはいかがか」と吹き込ませたのだ。そして、涼風が経験を積むために戦場へ出ることを皇に願い出るつもりだという噂も耳に届くように仕向けた。西公は涼風の手に乗せられ、皇から十六夜の出陣許可を取った。(書き方としては、この時点では涼風の仕向けたこととと明らかにせぬよう)
また、蜻蛉にもあることを命じた。

うろたえる十六夜に、涼風はここはおとなしく戦場へ出るよう言う。そして、すべてを捨てる覚悟はあるかと問う。十六夜ははっと息をのみ、首肯した。

篝火の出発前夜、彼と酒を酌み交わす涼風。篝火は水。戦支度は着々と進んでいる。涼風はふと考えつき、しまいこんでいた朱色の綾紐を取り出して、自らが普段よく身に着けている帯飾りの翡翠を通した。それを、「お守りだ」と言って篝火に手渡す。「戦のことは、お前と東公に任せる。私は私にできることをなす」

翌朝、篝火の出陣を涼風は見送った。ふと振り返ると、十六夜が静かな目で篝火の背中を見つめていた。「兄上は…もしかして」思い浮かんだことがあったが、涼風は緩く首を振って忘れることにした。十六夜が、そういう目をしていたから。

兄王子は無事勝利した。暁が東方に仕掛けるに合わせ、弟王子をねじ伏せたのだ。ただし、武力ではない。東方を操って暁への盗賊行為を援助した証拠をあげ、民に対してこのような弟王子に王となる資格があるかと問いかけたのだ。民の心は一気に兄王子に傾き、こつこつと弟王子の勢力を政治的にそぎにかかっていたこともあり、兄王子は王位を継承することに決まった。
暁もまた東方に対して勝利し、彼らに今後決して暁国内へ立ち入らぬよう誓わせた。いつまで守られるかはわからないが、これでしばらくは東の街村も平和になるだろう。

だが、暁にとっては大きな損失を生んだ戦でもあった。十六夜が、戦の最中に行方知れずとなったのだ。

涼風が次期皇位継承者となってしばらく。篝火との会話。「それで、十六夜の君はどこにいるんだ?」呆れたように、何気なく問いかける篝火。「私は私にできることをなす、だったか」「ここ最近、十六夜の君とひどく親密そうだっただろう」「唐突に十六夜の君が出陣することになったのも、怪しい」
涼風は篝火の洞察力に驚きつつも、にっこり笑って口をつぐんだ。「私の兄は、もういないんだよ」

それから数日後。涼風の元を一人の女性が訪れたとか。

登場人物一覧

▼涼風の君
二の皇子。三の側妃・藤の方の長男。十六歳。
まだ幼さの残る少女めいた優しげな容貌だが、武力嫌いの人嫌いかつ女嫌いで有名で、滅多に自らの屋敷を出ることがない。異名は凍て風の君。
他人を避けるのは、兄皇子に代わって涼風を立太子させようと企む左大臣の勢力の目を欺き牽制するためで、実際は人嫌いということはない。が、それが裏目に出て篝火との男色の噂が立つも、女性に対する興味関心が薄い彼は逆に都合が良いと放置している。
楽の中では特に竜笛を好み、たまに筝の琴。腕前はどちらもそれなりに上手い方。
真名は《淡 –あわい- 》
 
▼篝火の君
東公の嫡男。二十歳。
長身かつ鍛え上げられた肉体を持ち、男らしい色気溢れる容姿。
涼風とは従兄弟に当たり、最も親しい友人でもある。父親とはあまり仲が良くない。琵琶が趣味だが、下手の横好きで涼風に苦笑されてばかりの腕前。楽の才はないが剣の腕は立つ。
真名は《安芸津 –あきつ- 》
 
▼十六夜の君
一の皇子。一の側妃・瓊花の方の長男。十七歳。
怜悧かつ繊細な容貌で、凛とした風情の若君。目の前の物事に真摯に取り組む誠実さを持ち、生真面目で努力家。その分、悩みを内に秘めやすく、精神薄弱と見る向きもある。
実は女性。皇女であったところを、母・瓊花が愚かな野心に駆られて皇子と偽り、男として育てられる。妹・花香が嫁ぐのを見終えてから、密かに姿をくらまし自死する覚悟をしていた。立太子の儀が現実味を帯びてきて、懊悩している。
舞は苦手だが、特に弾くのが難しいとされる琴の琴の名手。
真名は《流 –ながれ- 》
 
▼三の姫
東公の三女。十二歳。
気が強く好奇心旺盛。容貌は愛らしいが、歯に衣着せぬ率直な物言いが玉にきず。
兄・篝火を深く慕い、兄と妙な噂のある涼風に対して複雑な感情を抱いている。父によって涼風のいいなづけとされる。
 
▼東公
涼風の伯父で篝火・三の姫の父。藤の方の同母の兄。四十代後半。
四家筆頭だが、一の皇子を右大臣側が産んだことで現在は右大臣と権力を二分する。
妹の子・涼風を次期皇とすべく政略を練る。
 
▼西公
十六夜の伯父。瓊花の方の同母の兄。東公より二つ三つ年下。
一の皇子の後見役として、現在は東公の隆盛を抑え込む形になっている。が、瓊花の愚かな野心によってその立場は危うく、失脚の危機にあることを知らずにいる。
 
▽糸遊
涼風に仕える忍び。忍び頭。二十一歳。
普段は女官として涼風のそば近くに控え、身の回りを世話している。
 
▽蜻蛉
涼風に仕える忍び。糸遊の双子の弟。二十一歳。
常に影に潜み、涼風の護衛も務める。
 
▼瓊花 –たまばな- の方
皇の一の側妃。十六夜の母。西公の妹。故人。
かつて藤の方への対抗心と愚かな野心によって、生まれた娘を皇子と偽った。数年前に病死。
 
▼藤の方
皇の三の側妃。涼風の母。東公の妹。
かつて後宮の寵愛争いの中で子を流産しており、瓊花の仕業との噂に怯え、そのために涼風に対しては常に兄を立て争おうなどと思うなと強く言い聞かせて育てた。
現在は病を得て後宮を辞しており、涼風の所領にある屋敷にて療養している。
 
▼皇妃
皇の正妃。三十代後半。
北公の娘。十三で皇に嫁ぐ。それ以前は、その肌の白きことを讃えて白妙の姫と呼ばれていた。
子はないが、皇の寵愛は未だ篤い。
 
▽真鶴
十六夜に仕える女官。乳母。四十代後半。
元は瓊花に仕えていた。秘密の秘匿を使命としている。
 
▼花香の姫
三の皇女。十六夜の同母の妹。十五歳。
物静かで穏やかな姫君。筝の琴の名手。
隣国の王子・奉蝉と幼少期より婚約しており、十六の成人を待って輿入れの予定。
 
▲奉蝉
隣国・凌国の第一王子。弟王子と王位を争っている。二十歳。 

▼皇
暁の皇。母は南公家の出。

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